生放送「国防最前線としての筑紫の国」

次回の放送は平成30年7月22日 10:00からです

番組の趣旨

「拉孟(らもう)において、騰越(とうえつ)において、日本軍の善戦健闘に比べてわが軍の戦績がどんなに見劣りするか。予は甚だ遺憾に堪えない」

昭和19年、日本軍と戦っていた中国・国民党の蒋介石は全軍にこんな訓示をしました。蒋介石が称えた日本軍こそ、九州出身者で構成された第18師団(通称菊兵団)と第56師団(通称龍兵団)でした。中国・ビルマ国境において、拠点を守り、わずか数百から数千の陣容で、万を越す敵兵を4ヶ月にわたって釘付けにしました。

なぜ九州の軍隊は強いのか。その理由のひとつが、国防意識です。古来、九州は日本の防衛の最前線でした。古代は「防人」、中世は「元寇」。九州には、日本の平和のために戦ってきた武人の誇りがあります。大陸や朝鮮半島からの脅威に絶え間なくさらされてきたため、必然的に培われた防衛意識が将兵を鍛えたのです。

二つ目は教育です。その強さの源泉には、戦国時代から江戸時代に培われた藩校教育をはじめ、その土地ならではの「武士道」があります。朝鮮出兵で獅子奮迅の活躍をした加藤清正、立花宗茂や島津軍をはじめ、福岡黒田藩、細川家と連なる肥後藩など雄藩が多くあります。「士は節義を嗜み申すべく候」で始まり「上に諂(へつら)わず、下を侮らず・・」と幼少から叩き込まれました。そうした武士道教育の伝統と文化が九州武士を形成していったのです。

今回は、豊臣秀吉の天下統一に関わり深い太宰府の四王寺山にある岩屋城で、天正14年(1586)、4万5千の島津軍を相手に14日間にわたる攻防を展開、763人全員が玉砕という苛烈な戦いをした高橋紹運公の生涯を通して、皇土意識の醸成と九州武士の誇りについて考えてみたいと思います。

戦後73年も封印されてきた地元史をひも解くことにより、先人たちの公(おおやけ)に殉じる勇気ある生き方を知り、その死生観にふれることにより、学校教育から消された「教育勅語」や「軍人勅諭」「戦陣訓」の精神に、私たちは新鮮でより大きな発見をするに違いありません。

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