生放送「ら抜きことばから見る日本語の変化」

次回の放送は平成30年10月21日 10:00からです

番組の趣旨

最近の若者は「ら抜き言葉」を使っています。「けしからん」という嘆きの声を聞いたのも、今は昔。もはや誰も「ら抜き言葉」を咎めなくなりました。ややもすると、年配の人まで使っていたりします。これは、国語が乱れているのでしょうか。それとも「変容」しているのでしょうか。生きている言葉は常に変化し続けます。変化の最初は「言葉遣いの間違い」として始まります。「間違い」をする人が多くなると、それは「言葉の揺れ」と認識されます。更に多くの人が使うようになると、それは「変化」になります。「正しい言葉遣い」とは、多数決で決まるのです。

しかし、世界には絶対に乱れない、間違いの起きない言葉があります。それはラテン語です。ラテン語はバチカンの公用語ではありますが、勉強して使う言葉で、普段は使われることのない、いわば概念上の言葉です。国語は生きている言葉ですから、変化します。徒然草の中にも「最近の若者の言葉は乱れている」という章段があるように、これは永遠の課題です。言葉は生き物だから変化していくことに目くじらをたてても仕方がありませんが、あまりにひどい言葉は多数派になる前につぶしていくべきでしょう。それはなるべく美しい言葉を次の世代に残していかなければならないからです。

今は、横文字をそのまま使うことが多くなりましたが、安易な気がします。明治の人々は、海外から言葉が入ってきた時に和魂洋才の観点からいろいろな努力をしました。彼らは外来語を新しい国語として作り直し、仲間に加え、定着させていったのです。福沢諭吉は、皆の前で堂々と意見をいうことが大事ということで「演説」という言葉を作り、世の中を動かしていく訓練をするために演説館を作りました。明治のはじめに演説館を作ったその意味を考えなくてはいけません。

私たちが使っている国語を、子供たちが、美しく、きちんと使いこなし、世の中を、人々を動かしていく「不可決の力」として身につけていって欲しいのです。今回のシリーズでは変化する言葉の実例を挙げながら、国語について考えてまいります。日本という国と日本人を形作っている最も重要な要素である日本語の大切さ、面白さ、美しさ、力強さを考えるきっかけになればと思います。

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