神の国で育まれた日本人の霊
日本再発見・本篇第165弾 全6回 令和6年1月28日~3月3日放送
番組の趣旨
橿原の みづほの國の萬代も みだれぬ道は 神ぞひらきし 世はいかに 開け行くとも いにしへの 國のおきては たがへざらむ
この歌は、明治天皇の御製です。
神武天皇が大和国を平定して、橿原宮に即位したのを以って、我が国の建国とするのが普通ですが、実際においては、我が国の建国はそれよりも遙かに古く、所謂神代の昔に於いて、すでに建国されていたのです。もっとも、我が国が国家として完全な組織を整えるようになったのは、神武天皇の宏業を俟って後のことであって、神武天皇を以って人皇第一代に数えるのも、理由のないことではありませんが、我が皇室の御祖先が、私たちの祖先に君臨されたのは、決してこの時から始まったのではありません。
一定の土地と人民があって、その上に立つ所の主権者が存在するものは、これを「国家」と認めることが出来るとすれば、我が国天孫民族の一団が国家を形成したのは、神武天皇の御代よりも遙かに古く、従って神武天皇は中興の祖とみるのが正しいのかも知れません。
我が国の神話によれば、神代の御代数は12代、年数は百数十万年ということになっています。しかし、これは我々の祖先の云い継ぎ、語り継いできた神話であって、実際の歴史の事実がその通りであったかどうかは、今日これを論証することは困難ですが、この神話は既に半ば忘れられた歴史の事実の上に、種々の想像を交えて、これを祖先の事業として纏めたものだと思われます。この半ば物語であり、半ば歴史であると思われる我が国の神話によって、私たちが大体推定し得ることは次の通りです。
極めて遠い昔において、我が皇室の御祖先によって統御されていた一団の人民があり、小さいながらも一つの国家を形成し、皇室の御祖先の中には幾人かの英邁で高徳の方々が次々と出られ、次第にその国家を整え、かつ発展させ、何時の頃かに九州に一旦都を定め、四方に恩を布き、威を輝かせましたが、神武天皇の御代に至って、遂に大和国に都を移し、ここに国家として大発展を遂げたのです。
私たちの祖先が天照大神と申し上げて崇敬し奉った御方は、それら多くの英主の中でも、特に傑出しておられた方だと思われます。
こうして国を建ててから、神武天皇の御代に一大発展を遂げるまでの所謂神代が、何程の歳月を経過したかについて、我が国の神話に現れている所をそのまま歴史の事実として信じるべきか否かは、俄に断言できませんが、ただそれが極めて長い年数であった事は疑うべくもありません。
我が国の最初の建国のことが、全く神話化したのを見ても、それが如何に古いことであるかが分かります。我が国の建国は、神武天皇御即位から今日に至るまでの2684年に、その長い神代の年数を加算した昔に於いてなされたものです。実に、我が国は悠遠であると言うべきでしょう。
こんなに古く建国された国は、我が国を除けば、世界に一つも存在しません。このように建国以来、今日に至るまで測り知ることの出来ない長い年代を経過しながら、終始一貫、一度もその国體が変更されずに続いて来たことは、世界に類例のない所であり、ただそれだけでも、我が国の国體がこの上なく尊いことを示しているのです。
そこで今回のシリーズでは、これから迎える紀元節を踏まえて、『神の国で育まれた日本人の霊(たましい)』と題し、日本人の霊性、霊(たましい)について、視聴者の皆様と共に考えて参りたいと思います。
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