この人に聞く~九州大学大学院教授 施光恒先生

日本再発見・周年篇 第17弾 令和元年9月29日放送

番組の趣旨

「園芸」「ガーデニング」といえばイギリスが本場というイメージがありますが、実は日本人は古くから花や草木に親しんできました。世界の古典の中で最も多くの植物名が登場する「万葉集」には166種もの植物が登場します。そのほとんどが姿・形の美しさを愛でる「非実用的植物」です。一方、聖書に登場するのは食用 などの「実用的植物」で、中国の古典にはほとんど具体的な植物の名前は登場しません。このことからもわが国には、早い時期から花を愛でる文化が根付いていたことがわかります。

日本人の園芸趣味は当初、武家などの上流階層のものでしたが、徐々に庶民層にも拡がっていきます。幕末に来日した英国人の植物商、ロバート・フォーチュンは「日本人の国民性の著しい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を育てて、無上の楽しみにしている」と記しています。

江戸の園芸は、当時、世界一といってもよいほど栄え、海外にも大きな影響を与えました。日本人のもともと持っていた優れた美的感覚や国を挙げて熱狂した園芸ブームの中で、多くの素晴らしい園芸品種群が形成されます。現在ヨーロッパやアメリカなどの世界中の温帯地方で栽培されている園芸植物の多くがその起源を日本の江戸時代においていると言っても過言ではありません。日本が今日の世界文明に貢献した要素として、江戸時代の花卉(かき)、庭木の園芸の成果は非常に大きく、「日本の浮世絵が西洋文化に与えた刺激より、園芸植物の与えた影響のほうがはるかに大きい」とさえ評価されています。

なぜ江戸時代の日本に、園芸文化が大々的に花開き、根付いたのでしょうか。それは町民(庶民)までを含めて日本人に「中流意識」が普及したことが一因かもしれません。識字率の高さや階層間の通婚の多さが示すように、学校教育では「江戸時代は士農工商の階層構造」の社会のように教えられますが、実際にはかなり違っていたようです。日本には、かなり早い時期から中流意識を備えた分厚い庶民層が存在し、それが質の高い大衆文化を形作ってきたといえるでしょう。日本の強みは今も昔もそこにあるはずです。

近年、日本政府は「クールジャパン政策」「インバウンド重視」などといい、外国人の関心を引こうと躍起になっています。しかし、それは小手先の政策にならざるを得ません。もっとも大切なのは、日本の一般庶民が趣味や娯楽を楽しみ、それに安心してお金を使える安定した社会を取り戻すことです。そうすれば、自ら優れた文化が花開き、放っておいても海外の人々は関心を持つはずです。

今回の「この人に聞く」シリーズでは、九州大学大学院教授の施光恒先生に、江戸時代の園芸文化に視点を置き、「片方で文化に必要な土壌を壊しながら、一方で海外にその文化を広める」という政策の矛盾や先生独自の文化論を大いに語っていただきたいと思います。

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